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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2381号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 豊海物産株式会社

右代表者代表取締役 前田正男

右訴訟代理人弁護士 甲野太郎

同 乙山二郎

被控訴人(附帯控訴人) 中央高架株式会社

右代表者代表取締役 増井正次郎

右訴訟代理人弁護士 丙川三郎

同 丁田四郎

主文

原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求及び附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人以下単に控訴人という)代理人は、

「一 原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

二 被控訴人の請求を棄却する。

三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴人(附帯控訴人以下単に被控訴人という)代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、

「一 原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。

二 控訴人は被控訴人に対し一一一万二五二〇円を支払え。

三 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求め、

控訴人代理人は、附帯控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は次に附加、訂正する外原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一 原判決三枚目―記録二〇丁―裏三行目に「四月三〇日」とあるを「三月二七日」と、同裏四行目に「同日」とあるを「同年四月三〇日」と訂年し、同裏一〇行目に「の部」とあるを削り、原判決九枚目―記録二六丁―表一一行目に「対等」とあるを「対当」と、原判決一〇枚目―記録二七丁―裏二行目に「う。」とあるを「う、」と訂正する。

二 《証拠閧係省略》

三 被控訴人の陳述(附帯控訴理由)

控訴人は第二施設につき昭和四三年二月分以降の使用料、共益費等を支払わなかったところ、右施設使用契約においては「使用料の支払を二箇月分以上怠った場合は、催告その他何等の手続を要せず契約を解除できる。」旨の約定が存するので、被控訴人は内容証明郵便で控訴人に対して昭和四六年七月末日迄の使用料等の滞納金を同年九月五日迄に支払うべく、右期限迄にこれを支払わないことを条件として第二施設の使用契約を解除する旨の催告及び条件附契約解除の意思表示を発し、右は同年八月三一日に控訴人に到達した。ところが、控訴人は右滞納金を支払わなかったので第二施設の使用契約は同年九月五日の経過とともに解除されるに至った。そこで被控訴人は昭和四七年一月一二日付内容証明郵便で控訴人に対して同月二〇日限り右施設を明渡すよう催告し、右催告はその頃控訴人に到達した。

ところで第二施設の使用契約においては、「控訴人が被控訴人の指定する期日に施設を明渡さないときは、その期日の翌日から明渡に至る迄使用料相当額の倍額の損害金を支払う。」旨の約定が存するので、被控訴人は控訴人に対して昭和四七年二月以降は約定使用料一箇月七万四一六八円の倍額に当る一箇月一四万八三三六円の使用料相当の損害金の支払を求める権利がある。

尤も当事者双方は昭和四八年三月二七日成立した訴訟上の和解において「同日第二施設の使用契約を合意解除し、控訴人は同年四月末日限り右施設を明渡す。」旨約しているが、右合意解除は被控訴人が先になした前記契約の解除を確認したものに過ぎないから、前記使用料相当の損害金請求権に何らの影響を与えるものではない。

四 控訴人の陳述(附帯控訴理由に対する答弁)

被控訴人は、第二施設の使用契約はその主張する理由で昭和四六年九月五日の経過とともに解除されかつ被控訴人が右施設の明渡日を昭和四七年一月二〇日と指定したことを前提として使用料相当の損害金を請求しているが、控訴人は右解除の効力を争い応訴等をしているうちに被控訴人主張の訴訟上の和解が成立するに至ったものであるから、右使用契約は右和解の日に初めて合意の上解除されたものというべきである。従って控訴人は右和解において昭和四六年九月六日迄遡及して被控訴人の主張する解除を認めたものではなく、又右和解によって第二施設の明渡日は昭和四八年四月末日と定められているのであるから、被控訴人主張の使用料相当の損害金は発生する余地がない。

五 証拠関係《省略》

理由

被控訴人は、第一施設及び第二施設に関する控訴人の未払の使用料、使用料相当損害金、電気料、水道料、その他の共益費等(以下使用料等という。)の請求をなし、控訴人はその額を争うものであるが、控訴人は更に右使用料等の債務は昭和四八年三月二七日成立した当事者間の訴訟上の和解に際し口頭の合意による免除を受けたと主張するので、先ずこの点について判断を加える。

被控訴人が控訴人に対し第二施設の明渡を求めて訴を提起し、右訴訟は東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第九一六号事件として繋属していたが、昭和四八年三月二七日「控訴人は被控訴人に対して同年四月末日限り第二施設を明渡す。」旨の訴訟上の和解が成立したことは当事者間に争がない。

そして右和解が成立するに至る迄の事情については、成立に争のない甲第一八号証、第一九号証、当審証人甲野太郎の証言により成立の認められる乙第一二号証、第一三号証、原審証人松野勝三、原審及び当審における証人西弘(一部)、同甲野太郎、同丙川三郎の各証言ならびに原審及び当審における控訴人代表者の尋問の結果によると次の事実が認められる。

被控訴人は昭和四六年四月頃第一施設及び第二施設の使用料の支払を求めて東京簡易裁判所に調停を申立て、被控訴人は丙川三郎弁護士を、控訴人は甲野太郎弁護士を夫々その代理人に立て調停が試みられた。そして右調停は施設の明渡をもあわせてその目的として行われたところ、控訴人は「第一施設及び第二施設のいずれも明渡すが、その代償として被控訴人は未払使用料等の請求権約五七〇万円の一部(約二〇〇万円)を放棄し、その残額約三七〇万円と控訴人の第二施設に関し被控訴人に対し差入れてある入居保証金及び敷金約五〇〇万円(以下入居保証金等という。)の返還請求権と相殺し、その結果残る約一三〇万円の入居保証金等を控訴人に返還する。」ことを要求したのに対し、被控訴人は「未払使用料等の減額は五〇万円を限度とする、入居保証金の弁済期は未だ到来していないので相殺に応じることはできない。若し、強いて相殺するなら年八分によるホフマン式計算法に基づく現価によるべきである。」と主張したので右調停は成立するに至らず、同年一二月二一日取下げられた。

その間控訴人は既に第一施設の鮮魚販売の営業を廃止していたので、調停委員会の勧めもあって未払使用料等の支払及び入居保証金等による相殺等の問題については未解決のまま同年九月二九日右施設を明渡した。

被控訴人は右調停が効を奏せず、第一施設及び第二施設を含む付近の施設全体を急いで改造する計画を持ち、控訴人の使用料等の不払も続くので、訴訟によって第二施設の明渡を求めることとし、訴訟の進行の促進を計るため未払使用料等の請求を除外して第二施設の明渡のみを求める前記訴訟を提起した。ところで右訴訟の進行中裁判所からの勧告により、前記調停の場合と同様施設の明渡の外未払使用料等及び入居保証金等の問題も合わせ対象として和解が試みられたが、控訴人も被控訴人も前記調停におけると略同様の主張(但し、控訴人の入居保証金の返還を求める額は一〇〇万円とする。)をなし互に譲らなかったので和解は打切られ再び審理が進められたが、控訴人代表者の尋問が行われる予定の期日において当事者の申入により前記のように和解が成立したものである。

一方右訴訟上の和解とは別に、控訴人代表者と被控訴人の委任を受け控訴人との紛争解決の任にあたっていた西弘は訴訟外で交渉していたが、西の明渡請求に対し、控訴人は前記調停及び裁判所の勧奨による和解の場合と同様金銭上の要求をなしたため交渉は失敗に終った。

以上の事実が認められ、右認定に反する前記証人西弘の証言は採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。

ところで、先ず前記証人甲野太郎及び控訴人代表者は夫々控訴人主張の免除の点に関し、「前記訴訟の原告(本件被控訴人、以下同じ)訴訟代理人丙川三郎弁護士は昭和四八年三月二七日の証拠調期日の開廷に先立ち右訴訟の被告(本件控訴人、以下同じ)訴訟代理人甲野太郎及び被告代表者前田正男に対し和解の申入れをなし、被告において第二施設の早期明渡に応ずるのであれば、第一施設及び第二施設の未払使用料等の一切の請求をしない旨の和解案の提示をなし、被告もこれに同意して和解に応じることにした。但し、原告の会社の内部事情により右債務免除の点については書面にすることができないという丙川弁護士の申出に従い、和解調書には単に第二施設の明渡をなす旨の合意を記載するにとどめ、債務の免除については口頭でこれを約束するにとどめた。」旨の供述をなしているが、前記証人丙川三郎、同松野勝三はこの点について右供述と全く反し、和解の際には未払使用料等に関する話し合いはなされなかった旨の供述をしており、特に右証人甲野太郎、同丙川三郎は右訴訟の訴訟代理人として直接和解にも関与した弁護士であるところから、右供述のみにてはそのいずれを真とするかは直ちに決することができない。

しかしながら、前記乙第一三号証には右証人甲野太郎及び控訴人代表者の供述と同旨の記載があり、前記乙第一三号証の体裁及び当審証人甲野太朗の証言によると、右証人は弁護士として受任した事件については必ず同様のメモを作成する習慣があり、右乙第一三号証もその一例に過ぎないことが認められるのでその記載内容は信用できるものと認められること、前認定事実によれば、前記調停及び裁判所の勧奨による和解及び西弘と控訴人代表者との訴訟外の交渉のすべてを通じ、施設の明渡と第一施設及び第二施設の未払使用料等及び入居保証金等の決済の問題が同時にとり上げられて交渉の対象とされていたのに拘らず、本件和解において金銭上の処理について全く触れられず第二施設の明渡のみが約定されていることは奇異の感があること、更に被控訴人の内部事情によって特に債務免除の条項を和解調書に記載せず又他にこれに関する書類を作成しなかったことは、原審証人甲野太郎の証言によると当時被控訴人とその施設を賃借している多数の者との間で紛争があったことが認められるので、控訴人のみに対する未払使用料等の免除の右紛争に対する影響を考慮してそのような方法をとったことも無理からぬことと首肯できること及び前認定のように被控訴人は当時その賃貸施設を急ぎ改造する計画を有していたこと、以上よりすると前記証人甲野太郎及び控訴人代表者の債務免除に関する供述は信用することができるものというべきである。

そして、前記乙第一三号証及び右各供述によると結局前記和解期日においては施設の明渡のみが約定されたものの、同日訴訟外において被控訴人は控訴人の第一施設及び第二施設の未払使用料等の債務を免除し、控訴人もまた被控訴人の入居保証金等の返還債務を免除する旨の口頭の約定がなされたものと認めるを相当とする。

右認定に反する前記証人丙川三郎、同松野勝三、同西弘の証言は前掲乙第一三号証、証人甲野太郎、控訴人代表者の各供述に照らし俄かに採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると被控訴人の控訴人に対する本件未払使用料等の請求権はその額を確定する迄もなく右免除によって消滅したものということができるので、被控訴人の本訴請求は既に失当としてすべて棄却されるべきものである。

右と結論を異にする原判決は一部不当であり、本件控訴は理由があるので民訴法三八六条に従い原判決中控訴人敗訴部分を取消し、本件附帯控訴は理由がないので同法三八四条に従いこれを棄却し、訴訟費用の負担について同法八九条、九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 前田亦夫 手代木進)

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